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白子

 7日はかみさんの誕生日、久し振りに 山文魚に出かけた。ボーナス月の金曜日でもあって、大繁盛、予約したカウンターに座った。

付け出しは何時もの煮付けと雲丹が載った烏賊、注文は刺し盛、蟹、ホヤ、白子、海老フライ(かみさん)、お握り。

ビール、熱燗2本で おかみと話しながらゆっくり頂く。何時もの1.5倍もある大きなホヤ。白子は白とやや茶色が6個もある、白はタラだがが茶色は何だろう、スズキの白子という。白子は好物だがこれは初めて、かみさんは敬遠、高コレステロールが少々気になるが結局一人で平らげた。熱燗にはぴったり。タラ、スズキ以外にも白子はある、トラフグの白子は絶品だという。ただこの河豚の内蔵には猛毒がある、白子はどうなんだろう、機会があればとも思うが・・・、他にどんな白子が食べられるんだろうか。

後期高齢を過ぎても知らないことだらけ、これからも驚くような知らないことに出会いワクワクしたいと思う。

 

お刺身と毛蟹、熱燗と蟹味噌は相性抜群

白子 右の少し茶色がスズキ、1つづつ食べ比べた

大きなホヤ

海老フライも大きい、刺身苦手なかみさん用

| 旨いもの・旨い酒 | 21:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
東歌・防人歌を読む会 バス研修

 12月4日のバス研修は風土記・那賀群エリアの古墳と神社巡り。

学園を8時半出発、馬渡埴輪窯遺跡→ひたちなか市埋蔵文化財センター・虎塚古墳・十五郎穴→川小(かご)塚古墳→酒列(さかつれ)磯前神社→清浄石→大洗磯前神社(昼食)→日下ヶ塚(ひさげづか)・車塚古墳→木下・浅間神社(古墳)→折居の泉・大串貝塚・資料館 盛り沢山の見学研修だった。

 虎塚古墳以外は全て初めて、ひたちなか・大洗エリアにこんなに古墳があるとは知らなかったし、立派な両磯前神社も名前だけだったのを参拝できたのは幸い。埋文センターの母子や馬の埴輪、大洗町第2回埋蔵文化財企画展「太平洋を見下す大洗の王墓」は磯浜古墳群(姫塚・五本松・坊主山・日下ヶ塚・車塚)の埋蔵物が展示されていた、休みにも関わらず説明頂いた 蓼沼委員には感謝。ここの円筒埴輪も見応えあった。

 

埋文センターの実物大虎塚古墳石室壁画レプリカ

母子の埴輪 埋文センター

馬の埴輪 埋文センター

球形胴壺型埴輪 車塚古墳出土

壺型埴輪 日下ヶ塚古墳出土 これら壺型埴輪の目的は分からないとのこと

大塚貝塚のダイダラ坊 埋文センターも見応えあった 

 

 酒列磯前神社の「酒列」が詠まれた東歌があった。かろうじて万葉歌を読む会の面目が立った。

「左奈都良の 岡に粟蒔き 愛しきが 駒は食ぐとも 我はそとも追じ」巻14-3451

 左奈都良を さかつれ と読むのは少し無理があるとはM講師の話し。

 

| 万葉 | 09:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
晩秋の安達太良山

 11月3日から韓国歴史探訪に出かける予定だったが、機材トラブルでキャンセルになった。ぽっかり空いた3日 快晴の安達太良山に出かけた。

ゴンドラ駅から見たカラマツの紅葉は盛りを過ぎて茶色、薬師岳からの景観も赤黄はなく少し期待した紅葉残りは全くなかった。冠雪した山道は泥んこが多く凍った階段に足を滑らせ脛を打撲した。

 

薬師平から、中央の茶色はカラマツ林、もうこげ茶

 

 少し後ろを歩いていた今年20回目というおじさんと女性二人連れの会話、「この山で今日のような快晴は年間10日ほど、それに冠雪、澄んだ空気。こんな条件で登れるのは余程 日頃のいい心掛け・・・」

 頂上からのパノラマは素晴らしかった。南に和尚山、西に冠雪した船明神山とその先に磐梯山、北には宮城蔵王など。パノラマを楽しんでから馬の背へ、途中で昼食、尾根は風が強く寒い、沼ノ平を覗いてから鉄山まで行く予定を変更。馬の背・峰ノ辻・くろがね小屋から勢至平・奥岳登山口に戻った。

 

頂上から磐梯山方面

頂上から南の和尚山

馬ノ背から沼の平を見下ろす

ナナカマドの実と頂上

勢至平のカラマツ林

 

快晴・冠雪のなか4時間半良い山歩きを楽しめた。

| 山歩き・山野草 | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
啄木 文学散歩 渋民・盛岡

 26日、ハヤブサ24号で14:44分 盛岡駅着。駅ビル最上階から市内を見下ろす、北上川・中津川・雫石川が合流している。駅レンタカーで好摩駅まで、駅から700mほど西に小高い丘がある。森崎稲荷神社(夜更森)への階段を登ると東屋の脇に歌碑があった「霧ふかき好摩の原の 停車場の 朝の虫こそ すずろなりけり」。

 

夜更森の歌碑

 

ここから夕暮れの姫神山が優美な裾野をなびかせていた。啄木のふるさとの山に相応しい秀麗な山容だ。

駅脇の歌碑を見て 宿ユ―トランド姫神へ。文学散歩最後の晩は宴会夕食。ご愛嬌の級長挨拶の後は 盛岡銘酒「あさ開」をたっぷり、最後の晩が過ぎていった。

 

優美な山容

 

 最終日は天気予報通り雨で風も強い。先ず、啄木が幼少期を過ごした「宝徳寺」啄木記念館館長が待ってくれていた。境内のひばの木の脇に歌碑がある「ふるさとの寺の畔の/ひばの木の/いただきに来て啼きし閑古鳥」。堂内も案内して頂いた。父一禎住職時代の鐘以外往時を偲ぶものはない。

 啄木記念館は寺から直ぐ、雨風はまだ続いている。館内でゆっくりしようということにした。館長に幾つか質問、何でもしっかり答えて頂いた、さすが。記念館には渋民尋常小学校、盛岡の下宿先 斎藤家が移築されている。雨も上がりここを見学してから、近くの渋民公園 「やはらかに柳あをめる…」句碑、鶴飼橋を散策して、盛岡に向かった。

 

館長を囲んで

代用教員時代の像、後ろは斎藤家 左に尋常小学校

 

 盛岡は盛岡城(不来方)跡で「不来方のお城の草に寝ころびて/空に吸はれし/十五の心」の歌碑、中津川岸辺散策、盛岡中学跡、啄木新婚の家と周り、盛岡駅に戻った。

 

不来方の…の歌碑 盛岡城址

盛岡中学跡 今は岩手医大

新婚の家はほぼ完全に残されていた

 

 啄木研究泰斗 H先生の的確な案内で啄木の足跡をたどった4日間、幹事のご苦労は大変だった。レンタカーの慣れないナビにも悩まされた。個人では行くことの難しい様々な啄木を辿ることが出来たのはうれしい4日間だった。

 渋民の記念館で館長に 啄木のふるさとの山は何処でしょうかと聞いてみた、姫神山を読んだ歌はないが岩手山と姫神でしょうね とのこと。この日は展示されてなかったが、9月に訪問した時に素晴らしい写真があった。姫神の東から撮った写真で姫神・岩手・八幡平・秋田駒が映っていた。渋民を囲むこれらの山が ふるさとの山 なんだろう。

 

| 啄木 | 22:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
啄木 文学散歩 函館

 函館着5時半。タクシーで夜景の函館山へ。満月に照らされた見事な世界三大夜景の一つを楽しんだ後は、ライトアップされたハリストス正教会、カトリック元町教会、旧イギリス領事館などを車窓に見て、金森赤レンガ倉庫群にある「函館ビヤホール」で夕食。

ビヤタワー3.5ℓ他各自飲み物、お摘み・メインも各自様々オーダー。飲んで食べて良い函館の晩だった。

 

さすが世界三大夜景、でも壮大なエネルギー消費では?

ビアタワーを注ぐ幹事長、函館ビヤホールで、金森地ビールも旨かった

 

 大森浜沿いのホテルから啄木小公園までは歩いて15分ほど。朝食前の散歩に丁度良い。ここには啄木像と「忘れがたき人人」の最初の歌「潮かをる北の浜辺の/砂山のかの浜薔薇よ/今年も咲けるや」が刻まれている。小公園に隣接した「土方・啄木浪漫館」前に「砂山の砂に腹這い/初恋の/いたみを遠くおもひ出づる日」の歌碑があった。

 

啄木像、後ろに函館山と立待岬

 

 朝食の後、立待岬へ郁雨の手で建てられた「啄木一族墓」に手を合わせ、記念撮影。岬にはハマナスが咲き残っていた。「函館公園」に移動・散策、ここには歌碑「函館の青柳町こそかなしけれ/友の恋歌/矢ぐるまの花」がある。

にわか啄木ファンには「青柳町」は心地よく響く。郁雨等の力添えで家族を呼び寄せ幸せな時間を過ごせた場所。かなし は万葉歌に良く出てくる、愛おしいの意味。

啄木が住んだ青柳町には彼を偲ぶ跡が何も残ってなかったのは残念。

 

啄木一族の墓で

咲き残ったハマナス、小樽駅の歌碑近くにも咲いていた

 

函館公園の句碑 青柳町はここから直ぐ

 

 函館文学館、橘智恵子との出会いがあった弥生小学校を見て函館駅で車を返し車中の人となった。

| 啄木 | 10:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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