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きのこ鍋

 10月になってから きのこ鍋 を3回。レシピはNHK今日の料理、椎茸・エノキ・ブナシメジ・エリンギ・舞茸、先ずみじん切りのニンニクと豚肉を胡麻油で炒め、醤油・塩・酒で味付けしてネギ、椎茸の石突、茸を入れ、しばらく炒め煮、コンソメスープと酒を入れて、じっくり煮込んで出来上がり。たっぷり茸の出汁がしみて旨い。

 16日は百年塾ゴルフ仲間でプレイした後、ビスターリに移動して泊りの懇親会。閑人が料理担当、メインはきのこ鍋 他に冷奴、鯖干物炭火焼き、鶏モモと野菜の炒め煮、Oさんに頼んだ レンコン餅。何人かにサポートしてもらい、大鍋にあふれる10人分の茸鍋が順調に調理された。ニンニク・胡麻油を忘れたのはご愛嬌だったが良い味に仕上がって一安心。

 ビールで乾杯、表彰式の後は差し入れの日本酒・焼酎・中国白酒で食べ飲み語り、仕上げは薪ストーブの前で11時過ぎまで良い時間を過ごした。

翌朝は残った鍋に豆腐を入れもう一度きのこ汁を味わった。

 

 昨日は家でま たきのこ鍋、山菜・茸採り名人の庭職人Wさんが「オオイチョウダケ」を持ってきてくれた。大きな傘の茸が4本、これをメインに定番茸で鍋にした。初めての茸は野生だけに香りが立って期待した。出来上がった鍋のオオイチョウダケは大ぶりに切ったので存在感充分、他の茸と違うやや硬めで歯応えあるが味は淡泊。だしはこの茸からだろう、存在感があった。

 

「オオイチョウタ...」の画像検索結果

オオイチョウダケは成長が早く、大型のキノコで傘の直径が10〜35cmにもなり、姿が力士のマゲである大銀杏のようにも見えることからこの名前が付けられた。オオイチョウタケはコクのある良いダシが出る食用キノコ ;ネット情報 写真も。

 

天然茸が入った鍋は一味違った

 

 以前、韓国の友人朴さんから立派な松茸をドッサリいただいた。すき焼きなどで頂いたが、鍋の一品として入れたらどんな味になったのだろう、そんなことをふっと思ったが今は詮無いこと。

 

| 旨いもの・旨い酒 | 19:56 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
下野国史跡と風土記

 茨キリの市民講座は「常陸風土記を読む」が終了して、万葉集「東歌、防人」の歌を読むになった。この講座は前後期各10回で、それぞれ2回の研修旅行がある。

11月7日はバスで下野国南部の風土記関連と史跡巡り。

 宇都宮上三川ICで下りて、上蒲生の蒲生神社へ。この神社の「創立記」によると、黒坂命が東征の際小祠を建て戦勝祈願をしたことに始まる。その孫蒲生黄意美が日本武尊に従軍しその功により蒲生稲置の名を賜り,当地を領するにあたり八千矛岡に社殿を造営し,蒲生神宮と称した とある。

 

 

次は下蒲生の蒲生神社へ、黒坂命の東征戦勝のお礼に蒲生稻置が奉祀した社と伝わる。東征に勲功のあった子孫が多く東国を受領した。蒲生稻置はその一人である。

 

 

何れの神社も小振りで風土記・黒坂命に関する社歴表示もない、土地の皆さんはどの程度ご存知なんだろうか。

 

 少し走って、「下野薬師寺歴史館」。女性館長とボランティアガイドに迎えられた。2班に分かれ、最初に館内展示品の説明を受けてから遺跡を見学した。この寺は7世紀末頃の創建とされ、東国唯一 僧の受戒のための戒壇が置かれたという。様々な瓦、史跡では立体的な復元模型が観られるタブレットなど 様々な工夫があり見応えあった。ここで昼食。

 

100m四方の回廊一部復元モデル 

 

 龍興寺は道鏡塚がある。道鏡と言えば膝が三つある、それ位凄いモノを持っていた。孝謙女帝との関係など下ネタで知られる。本当はということでバスの中で先生の講義があった。孝謙天皇が後継者問題で身体を患い、それを献身的に看病した事で特別な関係が生まれた。彼は僧侶の立場で太政大臣禅師にまで上り詰めた。宇佐八幡神託事件という皇位をも譲る譲らないの問題にまで発展し、下野に流された。この地では親しまれ尊敬されたようだ。道鏡塚は小さな古墳、ひっそりと佇んでいた。

 

右に塚への登り道がある

 

 小山の高椅神社(鯉の明神さま)、縄文遺跡の寺野東遺跡を見学して帰路についた。

 

盛上がった黒っぽい所が「石敷台状遺構」

 

| 記紀、風土記 | 22:29 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
百名山の人 深田久弥伝

 現役を引退してから深田久弥の「百名山」を意識して山に出かけた。大学山岳部時代は北ア・上越・八ヶ岳・南アなどに限定された百名山だった。深田久弥の「百名山」が刊行されたのは学生最後の年の昭和39年。この本と関わったのはずっと後の退職少し前。

百名山を意識して単独・山仲間と山に出かけた。調べてみたら学生時代とその後の若い時に登った数は22座。今年、五龍と瑞牆山に登って87座になった。登る度に深田久弥の「百名山」を読んでその山の様々な情報と著者の想いを知ることになる。

 大作家だろうが、どんな人か全く知らなかった。図書館で借りた田澤拓也著「百名山の人 深田久弥伝」を読んだ。

1971年茅ヶ岳で逝くまで68年の生涯。そうそうたる作家たちとの交流、離婚、再婚後の質素な生活、その間 膨大な海外山岳書の購入、それに基づくヒマラヤ行、その後のシルクロード行など 並の人ではないことが良く分かった。

 この本の エピローグに 若き山岳家として 雁部貞夫が出てくる。この人と、友人横山君のことが深田久弥と関係している。

横山君は1967年ヒンドゥ・クシュのサラグラール峰(7349m)の主峰第二登を果たしたことで雁部さんから評価され、雁部さんと深田邸に伺い話す機会を持ったという、あとで深田から「横山は破天荒なことをやってのける山男だ」と言わしめたそうだ。

横山君はクロカンのレース中、病に倒れ、半身不随となったが、不屈の精神力でリハビリ十年、左手の水彩画家として個展を開くに至っている。

 

 

雁部さんは大著「秘境ヒンドゥ・クシュの山と人」を上梓しこのなかで横山君のことに何回か触れている。彼の何回かの個展で雁部ご夫妻とお目にかかり話す機会を持てたのは幸いだった。

 百名山の残りは13座、後期高齢になって、全座は目指さないまでももう少し挑戦を続けたい。 

 

| 本・映画 | 22:02 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
啄木を読む

 今年4月から 啄木「一握の砂を読む」が始まった。講師は万葉集から続いている 堀江先生。先生は国際啄木学会理事、岩手日報啄木賞受賞、啄木に関する著書も多幾つか。啄木エキスパートから直接講義を受ける日が続いている。今日で一握の砂 「煙」まで読了した。

 啄木については良く知られたいくつかの感傷的な歌、早逝した天才、渋民村 など断片的なことしか知らなかった。図書館には啄木に関する本が結構多い。講義開始直ぐに読んだのが 梁取三義著「石川啄木の生涯」上下、1980年刊行とやや古い本だったが啄木の生涯が詳細に書かれていて啄木を理解するのには良い本だったが、釧路の女性関係にややウェイトが多いかなと思った。

「別冊 太陽 石川啄木 漂泊の詩人」では彼の足跡が多くの写真で分かり易かった。

山下多恵子の「啄木と郁雨」”友の恋歌 やぐるまの花”では啄木の才能を信じてひたむきに支援を続けた郁雨心情が良く分かった。

最新の本では 中村稔「石川啄木論」、青春を感傷的に歌ったのではなく、狂気とすれすれのところにいた、それが真の魅力という。確かに、一握の砂のなかにもそんな歌が散見される。著者は詩人で弁護士、評論家で日本近代文学館名誉館長。

 これらの本から、26歳の短すぎる生涯のなか彼を支える友人たちと女性関係、過剰な自意識、無節操な生活で犠牲になった家族、そんななか書き綴った日記、22歳には一晩で140首余の歌をよんだなどなど、知らなかった啄木におおいに興味がわいてきた。

 

 この文学講座の楽しみは年一回の「文学散歩」、この秋に渋民・盛岡の啄木所縁の場所と八幡平周辺紅葉文学散歩を予定したがN幹事長の体調で中止になった、残念。級長の閑人も要請され一泊文学散歩を提案したが、先生から一泊は忙しい、2泊で賢治と紅葉もと一蹴されてしまった。さて来春に延期した文学散歩はどうなるのだろうか。

 

| 啄木 | 22:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
"Die Fledermaus" 「こうもり」 ハンガリー国立歌劇場

 25日県民文化センターでのハンガリー国立歌劇場のオペレッタ「こうもり」公演と4時半のプレトークに出かけた。

プレトークは今度で17回目という、茨大名誉教授の臼井先生。DVD映像とエレクトーンでキーメロディを演奏しながら1時間、オペラが好きでたまらないという相変わらず熱の入ったトークだった。

 ハンガリー国立歌劇場は今回で2回目、11年前「トスカ」を観た。ブログを読み返すと歌手も舞台装置も良かったとある。

聴き慣れた前奏曲が終わり、幕が開く。アイゼンシュタイン家の応接間は立派な舞台装置、舞台裏からアルフレートが歌い、部屋ではロザリンデとアデーレのやり取り。プリマのアンドレア・ロストはオヤッと思うほど小柄、アデーレは早くも魅力的。アイゼンシュタイン、ファルケ他登場してワイワイ、オルロフスキーのパーティに出かける。

2幕のオルロフスキー邸の舞台もなかなか、バレーも入り華やかな舞台が続いた。アデーレとイーダ姉妹の熱演が目立った。

 

第二幕 オルロフスキー邸 手前のテーブルは直ぐ片づけられ舞踏会が始まる

NET写真拝借

 

3幕は刑務所の事務室。ここでは酔っ払い看守 フロッシュが怪演、日本語で 酒・焼酎・梅酒・泡盛などなど、拍手を誘った。

大円団のシャンパンソング、ながいカーテンコールも感動的だった。

 

 このオペラは9月3日の市民オペラ、6年前のVolks Oper、DVDでは「ザルツブルク音楽祭・ハンス・ノイエンフェルス演出」と「オットー・シェンク演出、カルロス・クライバー指揮バイエルン国立歌劇場」を観たが、今回のアデーレのコロラトーラ、フロッシュの怪演は Volks OperやDVDに劣らない、観・聴き応えがあった。

 

| 音楽・コンサート・美術 | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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