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モロッコ メモ

1.基本情報

 国家元首:モハメッド6世、以前の日本で昭和天皇・皇后の写真が飾られていたようにあちこちで元首の写真が飾られていた。

 人口:3200万人、国土面積:日本の1.2倍、北は地中海に面しヨーロッパの文化と接していた。

 民族構成:ベルベル人 60%、アラブ人他 40% 宗教:イスラム教(スンニ派)

 通貨:DH(ディルハム)1DH=11円 気温:場所によって大きく異なる、アフリカのイメージほどではない、雨は少ない

2.食事

 ほとんど毎日タジン鍋、肉・魚・野菜様々・卵などの蒸し煮、油を使わないのでヘルシーだが感激するほどではなかった。

他にクスクス、粟粒パスタの煮込み、スープをかけて食べる。これも今一だった。

 様々サラダとデザートは必ず付く、フルーツはバナナ・リンゴ・オレンジがそのまま。

3.アルコール・お茶

 一部の昼でアルコール無しがあったがほとんどのホテル・レストランでビール・ワインが飲める。

 ビールはカサブランカ他地ビールがある、40DH(450円ほど)と結構高い。スーパーでは10DHほど。

 ミントティーが圧倒的に飲まれている、ミントの葉っぱを適当につぶして飲む、香りの少ないティーもある。

 

カサブランカ空港で買ったワイン、ヘビーで深みのある味はなかなか

 

4.ホテル

 ツアー案内には全ホテルシャワーのみとあったがすべてバスタブがあった。

 砂漠エリアでは湯が温く出方が少なかったが特に問題になるほどではなかった。

5.安全情報

 外務省はレベル1;十分注意して下さい でもテロなどを感じるような場所・場面は全くなかったしスリに注意と言われたフナ広場などでもそんな危険は全くなかった。

6.映画ロケ地

 かみさんの姉は昔、映画「カサブランカ」に憧れてモロッコに出かけた。でもこの映画は実際にはオールセット、すべてハリウッドのスタジオで撮影されたということだ。「アラビアのロレンス」は「アイト・ベン・ハドゥ」、砂漠のシーンはヨルダンとか。ここは「ナイルの宝石」、「グラディエーター」にも登場する。ワルザザードにはスタジオが幾つかあるし「アラビアのロレンス」はこの国が欠かせない。

 駆け足ツアーでアイトベン以外はロケ地を体験することはかなわなかった、機会を見て「カサブランカ」「アラビアのロレンス」はもう一度見てみよう。

7.アルガンオイル

 モロッコにのみ生育するアルガンの樹の実から採油された希少オイル。「モロッコの黄金」と呼ばれ美や健康に役立てられており、土産に最適。

 

右;食用 500mlで420DH 結構いいお値段、左;美容用

フナ広場でアルガン屋台が並んでいたが中身はどうなんだろうか

| 海外 | 21:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
モロッコ旅行記(7);マラケシュ

 オート・アトラスを越えてアルガンオイルの店に立ち寄ってからしばらく走るとマラケシュ。

ここのメディナは北アフリカ最大の規模でフェズに次いで2番目に古い町。1070年頃、ベルベル人最初のイスラム国家ムラービト朝がこの地を都と定めた。その後盛衰があっても、長い間、政治・文化の舞台であり続けた。今も人々を引き付ける強力なパワーを持っている世界遺産の町。

 午後から旧市街を観光した。

「バヒア宮殿」は広大な庭園を巡らし、4人の妃と24人の愛妾たちの部屋だったという豪華な個室が並んでいる。船底天井の細密画など見応えがあった。

 

宮殿の船底天井

 

「サアード朝の古墳群」、サアード朝(1549~1659)代々のスルタンが三つの部屋に葬られている。

 

12円柱の間、モザイクタイルの壁面が見事

 

クトゥビアのモスクを見ながら歩いてこの町のシンボル「ジャマエル・フナ広場」へ。この広場は凄い、まだ日中だが人で群れている。食べ物やら乾物もの、アルガンオイルなどなどの露店、入れ歯売りもあるというあらゆる出店が広がっていた。蛇使いやストリートパフォーマーなどもあちこちに。1時間ほどの体験だったが、広場の熱気は充分に伝わった。

 

クトウビア・モスクのミナレット、この町のシンボル

フナ広場

 

残念ながら今回のツアーは忙しすぎた。ここは夜に再訪すれば本当の広場を楽しむことが出来たんだろうがもう一度広場へ行くのにはくたびれ過ぎていた、残念。

 ホテル近くのスーパーマーケットで食材とビール・ワインを調達、ポットにお湯をもらって部屋食。久し振りにのんびり過ごした最後のホテルの晩だった。

 

| 海外 | 18:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
モロッコ旅行記(6);アイト・ベン・ハッドウ

 3月12日、ワルザザードのホテルを出て先ず、世界遺産「アイト・ベン・ハッドウ」へ。

この集落遺跡は7世紀ベルベル人が造った要塞型の村で1987年世界遺産に登録された。居住地区の建物は赤茶色の日干し煉瓦で造られ壁は厚く、夏に40度を超えも、室内を涼しく保てるようにできている。外敵の侵入に備え、入口は1つ。道は細く入り組んで迷路のような構造。頂上には食糧庫があり、籠城への備えもできている。塔の壁には銃眼が設けられ、敵を銃撃することができるようになっている。

映画「アラビアのロレンス」や「グラディエーター」のロケ地にもなったとガイドの説明があった。

 

橋の向こうが要塞集落

集落遠望、アラビアのロレンスロケ地に相応しい

日干し煉瓦要塞の窓は銃口

要塞途中から見下ろす

頂上の穀物倉庫

要塞の炙り絵芸術家、他にも手作り小物様々

 

世界遺産見学の後はオート・アトラスを越えてマラケシュへ、ティシュカ峠は2260m

 

 

 

 

| 海外 | 22:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
モロッコ旅行記(5);カスバ街道

 サハラ砂漠日の出鑑賞の後はカスバ街道を走ってワルザザードまで。

途中モロッコのグランドキャニオン「トドラ渓谷」を散策、ここはロッククライミングのメッカだという。どこがルートなのか説明はなかったしクライマーは見られなかった。

 

大岩壁、上までは入らない 澄んだ水の川もある

 

ティネリールで玉子と肉団子のキョフテタジンの昼食

 

カスバ遠望、バラ香水店に立ち寄って5時半、久し振りに早いホテル到着だった。

 

カスバの町

このカスバは今はホテルになっている、宿泊費は安いという

 

 きれいなプールが見えたので泳ごうと入ったら冷たい、早々に退散。HPの情報ではスパがあるとあったが無し。部屋のぬるいシャワーを浴びて夕食に備えた。

| 海外 | 23:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
モロッコ旅行記(4);サハラ砂漠の日の出

 専用四駆車でホテル発4:45、暗闇のなかを走ること45分ほど。シェビ砂漠入口に着いた。三組夫婦と添乗員Iさんの7人でガイドに従って砂漠のなかを歩きだす。他の皆さんはラクダで楽ちん、ちなみに費用は400DH/人。

 細かい砂のなかアップダウンを繰り返しひたすら歩く、砂漠は締まった所もあり思ったほど歩き難いことはなかった。約40分、東の空が白みかけたころ鑑賞地点に着いた。ラクダ隊はすでに着いて日の出を待っていた。砂漠の空が少しずつ赤みを増し日の出!!幻想的な雰囲気にしばし。

 

 

 

 

 帰りは別ルート、フンコロガシ、鼠、狐などの足跡があちこちきれいに残っている。砂漠の中に宿泊施設やテント泊も出来るようだ。面白そうだが今回の日の出ツアーでも十分サハラの一端を楽しめた。

 

フンコロガシの足跡

 

砂漠数景

 

 

 

ラクダに乗って帰る、手前の影法師は我ら夫婦

 

 ホテルに戻りシャワーを浴びてから朝食。9時半ホテル発、トドラ峡谷を見学してカスバ街道を走り、宿泊地ワルザザートに向かった。

| 海外 | 21:51 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
モロッコ旅行記(3);フェズからアトラス越え

 この日はフェズ観光と皮・陶器・銀製品店に立ち寄ってから、約400劼板甲場のアトラス越えでサハラ砂漠の拠点エルフードまで。

 フェズはモロッコ最初のイスラム王朝の都だった。メディナは千年以上続く迷宮都市。ブー・ジュルード門から入るともう迷路、約2時間、ひたすらガイドの後をついて歩いた。

迷路歩きの後、ガイドから20人全員迷子にならなかったのを感謝された。

 

入口のブー・ジュルード門、二つのミナレットが見える

迷路のなか、狭い通路があちこち、真っ暗な通路もある

豊富な果物、イチゴの大きさは見事

フェズを見下ろすビューポイント

 

 この後は皮製品・陶器・銀製品のお店に立ち寄った。皮製品のお店はなめしから皮染・加工までの工程が見学でき様々な革製品が売られている、小型リュックサックを見ていたら、早速猛烈な売り込み、あまり興味もなかったが値段を聞いたら2万2千円、無視したらしつこく幾らならと聞いてくる。この手の話しは事前に聞いていたので4千円と言ったら諦めたようだったが、さらにしつこい、やり取りあって6千円で買う羽目になった。最初の価格から三分の一以下が落としどころなのか。

 

皮製品工場、なめしと左に染色エリア、臭いがきつくミントが配られた

 

 アトラス山脈はモロッコの背骨ともいえる大山脈。標高1650mのリゾート地イフレンに立ち寄り、北東のモワイヤン・アトラス(中位のアトラス)越えがこの日のルート。峠近くにはスキー場もある、まだ残雪の残る峠を越えてホテル着9時半長丁場の移動だった。

 

アトラス越え手前の避暑地イフレンにあるライオン像。モロッコには4mもあるバーバリー(アトラスとも)というライオンがいて、1922年に射殺され絶滅したといわれたが、実は生きていてラバトの動物園で飼育されているという。

アトラス越え、雪が残り池が見える

| 海外 | 22:45 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
モロッコ(2);ラバトからフェス

 モロッコ二日目は首都ラバトを観光してからから北に240卅り、青い街「シャウエン」観光、南に225卅りフェズ泊。

ホテルはバスタブ無しとの案内だったが全ホテルバスタブ付き、ラバトも湯はたっぷりでバスタブでゆったりできた。ツアー会社はクレーム対応に過敏すぎるのではないか。ホテル発7時半と早い、ウダイヤのカスバ、ムハンマド5世廟を見学してからシャウエンへ。

 

ウダイヤのカスバ(城塞)は修復中、入口から少々見学のみ

ムハンマド5世廟

5世廟に近接して未完のモスクがある、ミナレットは完成時の半分44m

 

 車窓からコルク、オリーブ、松林、菜の花、サトウキビ、広大な畑などが広がり食料自給率100%以上ということが納得できる。

 

コルク林、コルク栓は世界1?、それに近い

広大な田園地帯、地味も豊か

 

 3時間ほど走ってシャウエン。山の斜面にへばりつくように白と青、オレンジ瓦の家が群れている。メディナに入るとメルヘンチックという表現が似合う。傾斜地の細い路地、白壁と青塗りの家家が続く。

 

共同浴場、手前に薪が積んである

 

シャウエンはアラビア語で「角」、二峰が角のように見える

こんな路地だらけ

塗料 ブルーはコバルト系の顔料

 

 声をかけられることはなかったがこの町は麻薬生産で有名、ハシシ、マリファナなど葉物の麻薬が簡単に買えるようだ。これ目当ての旅行者もいるということだ。昼食は野菜スープとケバブ、まあまあ。

 町を見下ろすビューポイントでカメラタイムの後、また長いバスの旅でフェズへ。

 

 

 ホテルでの夕食はチキンと牛肉のタジン、嬉しかったのはツアー会社がトラブル(カサブランカ添乗員不在)のお詫びということでアルコール2ドリンク・フリー、Yご夫妻とカサブランカビール・白・赤ワインを楽しみながら良い時間を過ごした。

 

 

| 海外 | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
モロッコ旅行記 (1);成田からカサブランカ

 3月7日から8日間、モロッコに出かけた。きっかけは、全区間格安ビジネス、かみさんの姉がずいぶん前に映画「カサブランカ」に憧れてモロッコに出かけ感動した話を彼女が聞いていた、マラケシュの語感と日の出のサハラ砂漠に興味を惹かれたことなど。

 7日、午後5時に家を出て小雨のなか少し早めに成田まで。ラウンジでワインなどなどのんびり、フライトでの食事もアルコール中心、後はエアバスのフラットシートでぐっすり。中継のイスタンブールでは約5時間と長丁場をクリア、さらに5時間でモロッコ・カサブランカに到着。現地時間は午後1時。

 

イスタンブール ラウンジ 、オリーブ様々

イスタンブール発カサブランカ 機内食(昼食)

 

 ここでトラブル。イスタンブールでツアー参加者のお一人が急病になりお連れと添乗員が乗ってなかった。現地ガイドにその旨連絡はしてあるとのこと。ガイドに会うのはさほど難しいとは思ってなかったが、これが難渋。ツアー参加者20人でしばしウェイティングとウロウロ。Yさんがツアー会社にTEL 、閑人もウロウロ探してEXIT(ここが分からなかった)を出たらツアーの看板を持った何人かの中にガイドのMさんがいた。一安心、再入場しようとしたが入口で空港ポリスがガードして入れない。Mさんから入場はNGと言われ、かみさんに大声で連絡、全員無事ガイドに案内されてバスに乗れた。

後でわかったことだが、YさんはすでにMさんと出会ていて別にある入場口から入り皆さんを誘導していたようだった。

それにしてもガイドのMさんはもう少し我々を探す配慮があっても良かったんではないか。ガイドとの出会いがトラブルになるとは思わなかった、インフォメーションセンターでガイドの待合場所が何処か確認する判断が必要だったと後で思い至った。

 

 カサブランカの市内観光はムハンマド5世広場とハッサン2世モスク。5世広場は市の中心にある、噴水の周りに人と鳩が群れていた。大西洋に面したモスクの200mミナレットは半分以上が海霧のなか、トイレは広い地下の回廊にある。ここには清めの場でもある、何人かが水道の水で清めていた。

 

分かり難いが噴水の上は鳩の群れ、周辺には屋台と人の群れ

200mのミナレットは海霧で見えない

 

映画「カサブランカ」に出てくる「Cafe American」に似せて作ったという「Rick's Cafe」を車窓にみて最初の宿泊地ラバトに向かった。

 

このレストランの左が Cafe American 様子が分からず肝心のCafe の写真が撮れなかった

 

モロッコ=カサブランカ が大きかったが特に印象に残る見所はなく肩透かしにあったような初日だった。

 

モロッコ王国地図

モロッコは東アルジェリア、南に不思議な国 西サハラ 首都はラバト

 

 

 

| 海外 | 23:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ブロードウェイ・ミュージカル;シカゴ

 劇場ミュージカルはロンドンで初めて観て、その後6年ほど前にサン・フランシスコで「ライオンキング」で終わり。今回初めてブロードウェイを体験した。

アンバッサダー劇場の「シカゴ」、8時開演。劇場は小振りで客席は急勾配の階段席。最後列で舞台はずっと下だが観難いことはない。席は狭く大柄の欧米人には窮屈そう。火曜日だが満席。

金管主体のオーケストラの演奏で幕が開く。時は1920年代でジャズ真っ盛りのシカゴ。ストーリーは省くが事前準備したおかげで言葉は分からなくても何とかついていけた。ダイナミックな歌とダンスはさすが本場。休憩をはさんで2時間半、楽しめた。

ネット情報で女優「篠原涼子」がこの舞台で主役のロキシーを演じたとあった。凄い挑戦に驚く。驚くといえばもう一人、渡辺兼、ブロードウェイ「王様と私」で絶賛されたようだ。「ラストサムライ」や「硫黄島からの手紙」を観たがその出演をきっかけに英語をマスターしたというから凄い、そしてブロードウェイ。彼の役者魂には驚くしかない。

| 海外 | 22:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
マンハッタンクルーズ

 もう30年ほど前になる、仕事での初めてのNY、休日にマンハッタンクルーズを楽しんだ。記憶もあやふやだがハドソンリバーの最上流まで行ってその後は何処をクルーズしたのか、自由の女神の近くにいった記憶はない。

今回はハドソン川の  SOUTH STREET SEAPORT から自由の女神像近くを就航してウェストリバーから出港地に戻る典型お上りさんコース。

 BROOKLIN橋をくぐって高層ビル群を眺めながら自由の女神へ、NYの象徴、女神は大きくフランスは良くこんな巨大な女神像を送り込んだものだ、そのエネルギーに感心する。

 

橋の下から見る摩天楼群

近くで観るのは初めて、島に上陸できる

 

ここからUターンしてウェストリバーへ入り昔うろうろ歩いた南端のバッテリーパークを見ながら出発地へ戻った。1時間ほどのミニクルーズ、楽しめた。

 

バッテリーパーク、昔5番街からここまで歩いた

| 海外 | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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