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上野三碑

 常陸風土記を読む会が昨年7月終了、9月から万葉集の東歌・防人の歌を読む会になった。メンバーは多少入れ替わったがM先生は変わらず、幅広い知識で解説する万葉歌はこれまでの解説とは少し違って何か新鮮、楽しい会だ。

 読む会は前期後期各10回、今は前期で期中2回バス研修がある。12日は前期最初の研修、群馬県高崎市周辺の「上野三碑」と古墳巡り。この研修のキーワードは「多胡」と思う。

三碑は昨年10月、ユネスコ「世界の記憶」に登録された。三碑のなかで「多胡碑」が兄貴分。閑人は万葉集のなかで好きな歌の一つ、「吾が恋は まさかも悲し 草枕  多胡の 入野の 奥も悲しも」の歌碑がある山上碑に惹かれていた。

 

万葉歌碑 万葉学者「中西 進」はこの歌が万葉集のベストといった

 

 最初に訪問した三碑は「金井沢碑」、726年 豪族の三家氏が先祖供養と子孫繁栄を願って建てたもの。安山岩の自然石に112字が刻まれている。予報通り雷雨、雨宿りを兼ねて多胡碑記念館へ、学芸員から三碑の説明を受け雨上がりの「多胡碑」を見学。711年、中央政府の命でこの地に「多胡郡」が設置されたことを記念した石碑。この後、山上碑へ移動。ここは二度目、万葉歌碑を見てから階段を上り小さな古墳の脇にある碑を見学。長利という僧が母親の供養のために建てたもの。三碑のなかでは最も古い681年に建てられ、完全な形で残る石碑では日本最古とされる。古墳にももぐって石室を見学した、石の不動明王像が祭ってあった。

 

金井沢碑 三家氏が祖先の供養、一族繁栄を祈るために造立した碑

多胡碑 中央政府の命で三郡内から三百戸を割き、新たに多胡郡を建てたことの記念碑

山上碑 日本最古の石碑 天武天皇時代に造立

 

 三碑見学の前に保渡田(ほとた)古墳群を訪れた。二子山古墳、八幡塚古墳、薬師塚古墳の前方後円墳が隣り合っている。石積みの八幡塚古墳の前に、当時の様々な儀式の様子を埴輪で表した区画があり興味深かった。この古墳と二子山古墳は堀のなかに4ッの中島が造られている。風土記の研修でいろいろ古墳を見てきたが、中島があるのは初めて。葬送儀礼が行われた場所ではないかとあった。

八幡塚古墳は全長190m、二子山は213mと大規模古墳。往時の上野国豪族の勢力は偲ばれた。

 

八幡塚古墳 5世紀後半に築造、右端に中島が見える

八幡塚古墳の前にある埴輪群、宴会や狩猟の様子を表している

| 歴史・文化 | 23:55 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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| - | 2018/06/29 7:15 PM |
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