CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
MOBILE
qrcode
<< 乗鞍岳と花々 | main | カニ料理 >>
万葉バス研修(福島・郡山)

 7月17日 万葉集「東歌・防人を読む」の皆さんと福島・郡山へバス研修に出かけた。

茨キリを8時半出発。福島西ICで下り最初の訪問は「文知摺観音堂・普門院」、ここは芭蕉や子規など多くの文人が訪れたという。また、ここの文知摺石には、「鏡石」の伝説がある。

 

鏡石


 嵯峨天皇の皇子で中納言源融(とおる)が按察使として陸奥国に出向いていた、文知摺石を訪ねたとき、長者の美しい娘・虎女を見初めてしまう。融の逗留は一ヶ月余りにもおよび、二人は愛し合うようになっていた。しかし、融のもとへ都に帰るよう文が届いた。融は再会を約束し、都に旅立った。残された虎女は、融恋しさのあまり、文知摺石を麦草で磨き、ついに融の面影を鏡のようにこの石に映し出すことができた。が、このとき既に虎女は精魂尽き果てており、融との再会を果たすことなく、ついに身をやつし、果てた。
源融は二度と虎女と会うことはなかったが、虎女との恋の歌を残した。
みちのくのしのぶもぢずり誰故に乱れむと思ふ我ならなくに (古今和歌集)

 

融と虎女の墓、融は勝手にここに墓をつくられた が文句はなさそう

シンボルの多宝塔

 

 次の訪問は二本松「奥州安達ヶ原 黒塚」。バスの中で講師M先生から、謡曲「黒塚」の朗読があった。鬼婆のお話し、…「旅の衣は篠懸(すずかけ)の…」知っていたのはここだけ、次々と人を殺した鬼婆も自分の娘と知らずに殺した不幸な過去があった。能か歌舞伎の「黒塚」を観る機会をつくりたい。それにしてもこの寺 観世寺の奇岩は巨大だった。

 

自信があれば崩れそうな巨岩

鬼婆石像

黒塚 ここに鬼婆が葬られているという、寺から直ぐ

 

 三番目は、今回一番期待した 安積(あさか)山・山の井清水跡。「安積香山 影さえ見ゆる山の井の 浅き心を 我が思はなくに」、10年ほど前、NHKTVで「日めくり万葉集」を見ていた。そのなかでこの歌と、紫香楽の宮から出土した木簡にこの歌が書かれていたと紹介された。

万葉集が編纂される前に、東の国の歌が奈良で木簡に書かれていたということにロマンを感じ、悲恋の伝説とともに一度は訪ねたいと思っていた。

 

 

山の井 イメージとは程遠かった

 

 期待が大きかっただけに肩透かし。安積山はは丘のような小山、山の井は駐車場の端っこにある淀んだ水たまり。看板が無ければ見過ごしてしまう。万葉の気配は殆どない、地元ではあまり関心を持たれていないようだ。

 

| 万葉 | 22:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://ky.roof-8.com/trackback/1107220
トラックバック